知的障がい者の妹と過ごした
愛と勘違いとハプニングの日々――。
共に歩み齢を重ねていった姉妹の人生の輝きが、
まれにみる美しさで胸にせまる文芸ノンフィクション!
素晴らしい人生の愛とユーモア
雨の日も、嵐の日も、
凍えるようなきびしい冬も------
人生のあらゆる季節を生き抜いた人の
抜群の笑顔があります。
(ポプラ社HPより)
著者の自伝でもある物語。
1946年妹のアイリ-ンが生まれた場面から、現在共に60歳を超えるまでの家族の物語。
幼いときから常にほかとはちょっと違う特徴のある妹の存在があり、両親と祖父母という家族構成のなかで暮らす。
アイリ-ンに脳の障害があるのは、赤ちゃんのアイリ-ンに乱暴に哺乳瓶を押し付けたせいかもしれないと思う著者・テレルは、優しい姉である。
アイリ-ンの存在をいつも温かく見守る。
それはほかの家族も同様で、当時はまだ障害を持つ家族を隠したがる風潮だった時代。
そんな時代でも広告代理店を営む父親は、自分の娘のためになる情報を集めようと自分が広告を載せアイリ-ンの存在を隠さなかった。
そして障害者の会も立ち上げる。
そんな父親の姿を見て育った著者だからかな?
大人になるとその活動を引き継ぐ。
州知事に会ってグループホ-ムを既存の施設より低コストで設立することを認めて貰うなど。
大学で知り合ったご主人の理解と協力も素晴らしい。
とはいえ、実際、成人した知的障害者と向き合うって本当に大変なことだと思う。
アイリ-ンのかんしゃくに対抗して自分も激しく対抗したテレルの気持ちはそれまでの経過を読んでいれば共感出来る。
が・・・世間は理解してくれなかった。
アイリ-ンの起こした行動のために周囲に迷惑をかけたりで哀しい想いもいっぱいしている。
両親は相次いで亡くなったけれど、その後は母方の弟・ボブ叔父さんがテレルを支えた。
アイリ-ンの家を購入する手助けをしてくれて、優しい助言も。
この物語には、心温かい人たちばかり。
こんな家族のなかに生まれたアイリ-ンは幸せだろうな。
本を読み終えて、表紙裏にある著者とアイリ-ンの並んだ写真をみたらジ~ンとした。
仲良しの姉妹そのものの写真。
そして興味を持ったのは、この本を翻訳された宇野さんのプロフィ-ル。
中学の英語の先生を勤めたあと、翻訳の勉強をされて本書に出会い、日本の読者にぜひ紹介したいと奔走しながら初の翻訳書出版を成し遂げたとか。
これからも素敵な本を翻訳していただきたいです!!
★★★★
乾いている人、求めている人、 愛している人、
憎んでいる人、何も考えたくない人。
彼らの日々にそっと加えられる一匹の猫。
さびしくなかったら、きっと仔猫を助けるなんてことはしなかっただろう。
だから、ハッピーを手放すのは、
たんに元いた場所に戻るということなのだ。
元いた場所って?(「自分の猫」)
猫が横切るままならない人間世界。
短編の名手が紡ぐ9つの物語。
(光文社HPより)
大きく感動するとかの話はない。
ある日、ふとしたキッカケで猫に巡りあった人たちの話。
ひとつ異質だったのは、8番目の「22年目の猫」。
この話に出て来る猫のカオルは既に亡くなっている。
その飼い主家族の主人である父は昔は書生を家に置いていた。
そしてその妻は既に亡くなり。父親と暮らすのは出戻りの娘・悠木。
父親はカオルを呼び続ける。
かつての書生で昔はちょっとお互い好意を抱いていた沢が19年ぶりに家に来る。
この話がなんだか妙に気になった。
ちょっと切ないような寂しいようなそれでいて飼い猫のカオルをいつまでも愛しく思うこの父親の気持ちが温かいような不思議な気持ちになった・・・・で、この物語のあとはどうなったんだろか?
表題作の「さようなら、猫」も変わった話だったなぁ~。
肝臓移植してまて生きたいかな?
でもボサノバが病気を克服して何処かで元気に居てくれるかも?と思うと救われるか?
ササッと読めちゃうお話ばかり。
最初に書いたように、特に感動はないけど、まあまあ面白い。
猫好きだからかな(=^・^=)?
★★★
戦争を忘れても、戦後は終らない……
16歳のマリが挑んだ現代の「東京裁判」を描き、
朝日、毎日、産経各紙で、“文学史的”事件と話題騒然!
著者が沈黙を破って放つ、感動の超大作。
(河出書房新社HPより)
独特の雰囲気で、ちょっと難解な部分もありましたが、興味深い内容で一気読み出来ました。
主人公の真理は、15歳でアメリカに。
自分の意志ではないようで・・・気づいたらアメリカに居たというかんじ。
学生生活のなかで、友人たちとも楽しく会話していたり、まあ普通の留学生生活?と思ったら・・・・・
突如30年後の自分と交信したり・・・
級友たちと森に入りヘラジカと遭遇し、そこで意思の疎通を感じたと思ったら・・・・級友が持参の猟銃でシカは捕らえられ、みなでその肉を食す。
現実と幻想が入り乱れる。
そして現在と過去が交錯する。
実に難解な物語で・・・???の連続なのに、不思議と惹き込まれる物語。
そして表題にもなっている「東京プリズン」。
それは巣鴨プリズンに通じる東京裁判で裁かれた者たちを考えさせる。
最初、この本を手に取ったとき、その東京裁判に関係する物語なのかと思ったのだけど、途中からその予測が少し当たってくる。
マリは高校の授業の一環で、ディベ-トの議題「日本の天皇には戦争責任がある」を主張しなくてはならない役割に当てられる。
しかし、役割を忘れて天皇を弁護する意見をつい述べてしまいスペンサ-先生から注意を受ける。
アメリカ人の認識の「A級戦犯」が多くの日本人が理解しているものとは違うことが
ちょっとビックリだった!
マリと同様、「A級」というと罪が重いように、考えていたけれど違うらしい。
単なる種別分けで使われるABCだそうで、罪の重さは関係ないのだとか。
ほかにも「へ~そうなんだ~」と言うことがいろいろ。
日本の国に居ると不思議に思わなかった天皇という存在を改めて自分なりにあれこれ考えてしまう物語であった。
なかなかほかに読んだことがない物語で、新鮮なかんじがした。
こういう物語はキライじゃない。
面白かったとは言い切れないので、あまり人には薦めないけど・・・^^;
★★★★
ぼくらは家族になるのだろうか――?
モヒカンで、料理上手で、おまけに超能力者。兄妹と母が暮らす家庭に、ヘンな男がやってきた!
ある朝、中学一年生の進也は、妹の亜由美に起こされた。
台所を見に行くと、知らない男の人が体育坐りで眠っている。
夜の仕事をしている母が連れて帰ってきた人らしい。
進也はあまり気にせず、いつものように目玉焼きを作りはじめると……
「あ、そろそろ水を入れた方が、いいんじゃないですか?」
3人家族と謎の男チキさんの、忘れられない物語が始まる。
直木賞作家が描く、とっておきの感動長編。
(講談社HPより)
中学1年生の進也と小学5年生の亜由美は、両親が離婚して母親と3人暮らしだった。
両親の離婚の原因には、亜由美が遊具から落ちて右足が不自由になったことが大きく関係している。
そして、そのとき一緒に居た進也は以来、自責の念を抱いている。
そんなちょっと重苦しいかんじで始まった物語に、突如登場のモヒカン頭のチキさん。
最初は怪しいかんじだったけれど、物腰柔らかで、料理上手。
母親が経営するスナックの客だったらしいけど、成り行きで進也たちと同じ家で暮らし始める。
妹と一緒に居る為、大好きだったバスケ部も中断していた進也だったけど、チキさんがその代わりをしてくれるのでバスケ部にも復帰。
このまま家族になれるといいのになぁ~なんて読みながら思っていました。
が・・・・・ある事件発覚。
チキさんの過去。
アノ教団が絡んで来るし・・・・事態は予想外の展開で、ハッピ-エンドじゃないのぉ~!?
なんて焦る。
話は進也が成人してチキさんのことを思い出しているという設定なので
ラストの今の進也と亜由美がちゃんとそれぞれ成長して、今は幸せそうな様子だったことにはホッとした。
チキさんのその後のことは哀しかったけど・・・・・。
チキさんの作る料理が美味しそう。
作っている進也と亜由美たちの会話も楽しそう。
満月ケチャップライス・・・・なんだか可愛い料理名。
豆腐ステ-キ・オ-ロラソ-スがけが個人的には気になった。
豆腐ステ-キにオ-ロラソ-スは合うのかな??
超能力とか出て来るけれど、いつもの朱川さんの不思議ワ-ルドに比べると
割と普通の物語。
それでも結構、楽しめたけど・・・・・。
★★★
物書きの「私」は、ひきこもりの弟、古道具屋の父とともに佐渡への旅に出る。目的は、祖父母の隣家に住む「おばちゃん」の骨を、郷里の墓に納骨すること。ところが、骨壷をユニクロの袋に入れて運ぶくらい儀礼にかまわぬ一族のこと、旅は最初から迷走気味で……。
表題作「佐渡の三人」に始まり、「戒名」「スリーナインで大往生」「旅人」と、一族の佐渡への「納骨」の旅を描く連作長編小説。
(講談社HPより)
物書きの「私」は、ひょっとすると著者自身なのかな?
フィクションとノンフィクションの融合か?と思わせる物語でした。
物語は4つだが・・・話は繋がっている。
「私」は女性・道子。道子は京都に住んでいる?
ひきこもりで祖父母宅でその介護をしながら暮らしている弟と、離れて暮らしている父(二人は東京在住?)とともに親戚のおばさんの納骨のため3人で佐渡へ行くのが最初の話。
弟も父親も個性的。
会話のひとつづつが結構、笑えます。
そんな3人が骨壷を抱えて佐渡へ。
弟なのに敬語で話す弟。
みな離れて暮らしていて、納骨のために久しぶりの再会というシチュエ-ションらしい。
納骨しに行くのに何処か旅気分。
実際に寺に着き、僧侶に会っての場面も可笑しい。
納骨料と戒名料は別に用意しなければいけなかった!と気づきあたふた。
お金はなんとかあるが、むき出しのままのお金じゃダメでしょ?と慌てて・・・
いちいち、コント劇みたいな可笑しさ。
そして、佐渡への旅はその後も親族が亡くなる度に同じように続く。
2番目に佐渡に行くのは、祖父が99歳の大往生で亡くなったあと。
この祖父は東大卒で医者だったとか。
道子の父は祖父の三男で古道具屋経営だけど、長男・ヨツオは言語学の大学教授で次男・ムツオは医学部教授らしい。
エリ-ト一家なのである。
が、全くそういうかんじじゃないのが良い。
3回目の佐渡は、祖母の納骨のためだけど、
そこで最初の話で亡くなった親戚のおばさんのご主人のお骨も一緒に納めるとかで、一族の多くが佐渡に集合。
ここでも祖父母と実際に暮らしていた弟が仕切る。
これは使えるひきこもりだな・・・・笑
登場人物も続々出てきて、フルネ-ムじゃないので、覚え難いけど、それでも
こんな風に一族が集まる風景って愉快。
場面は納骨だから、明るい集まりじゃないんだけど、ある程度の年を生きての最期なら
そんなに暗い雰囲気じゃなくてもいいと思うし・・・・
いつか自分もこんな風に納骨されるのかな?と明るく思う主人公もいい。
しかし、佐渡=拉致被害者・曾我ひとみさんという認識が自分にもあるけど
こんなに度々、そのことを登場させた意図はナンだろ?
大した意味はないのか??
★★★
| 05 | 2026/06 | 07 |
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記事最後の★についての基準は
★★★★★ぜったい再読したい!!
★★★★すごく良かった!
★★★最後まで楽しめた
★★☆最後まで読んだが好みじゃなかった
★★飛ばしつつ一応最後まで目を通した
★途中放棄^^;
