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自分の備忘録としてのものなので 本のネタバレ的内容も多々あり。
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発行年月:2026年2月


世界的振付家・久我一臣にインタビューをすることになった、
編集者の水野果耶と記者の長瀬一平。
久我の半生を辿りつつ、戦前戦後の日本バレエを紹介するつもりだったが、
彼が語る壮絶な戦争体験は、二人が思ってもみなかった縁を掘り起こしてゆく。
芸術と戦争を通し、過酷な運命に希望を見出す人々に迫った、
入魂の輪舞曲(ロンド)。


                 (新潮社HPより)



読み応えあり!
世界的振付師であり戦前からバレエにも関わってきた久我一臣の
取材記事を書くことになった水野果耶と長瀬一平。

久我のバレエに関わり始めの頃の話から次第に戦争~戦後の話へ。
子どもの頃、近所のカトリック系の幼稚園で開かれていたバレエ教室を
母と見に行き、バレエに衝撃を受け、家で真似事をするようになる。
母が13歳のとき、事故死し一時期、父の両親(祖父母)の元で暮らす。
祖父がバレエに興味があると気づき、ロシアから亡命してきたバレエダンサー
アリアナの元でレッスンを受けられるようにしてくれる。
16歳で父の仕事の関係で上海に行くことになったがエリアナがそちらでも
レッスンを続けられるように知り合いに頼んでくれる。


そして・・・・日中戦争(1937年)が勃発。
その後の第二次世界大戦。(1941年12月8日 真珠湾攻撃)
日本から満州に移住した日本人たちも次第に戦況に翻弄されていく。


満州に開拓団として移住した人たちの生活は、戦時中より戦後のほうがより過酷
だった。
ソ連兵が攻めてきて、逃げ切れず自害する者も多数。
頼みの日本軍は開拓民のことは放置。
そんななか看護隊に加わった若い女性たちは、必死に自分たちの任務を遂行
していた。
久我一臣も衛生兵として看護隊と関わる。


久我に取材する水野果耶の祖母・さかゑがそこで看護隊としていた
副島翠だったとわかったときは、ビックリ。
なぜ、さかゑとして生きることにしたのかもわかると泣ける。

凄い酷い目に遇いながらもなんとか生き抜いた翠の強さには
なんともいえない気持ちになる。
それでも日本に帰国してからは幸せな日々を送れたことが、わかり
少し救われた。


久我の語るシベリアでの抑留生活の過酷さも、以前、別の書物でも読んだけれど
読んでいて本当に辛い。
ソ連が本当に憎くなる。
けれど、久我が語る一対一で語れば、皆、悪い人ではなかったと。
戦争が人を変えてしまうということなんだろう。


日本だって満州や台湾を統治していた時代は、酷いこともしていただろうし。


新潮社の五木寛之氏との対談も興味深かった。
村山さんのお父さんはシベリア抑留の体験者だったらしい。
お父さんの遺した手記が参考になったとも。
五木さんも北朝鮮から日本に引き揚げて来たのだとか。


物語を通じて、こういう時代のことを知れるのはありがたい。




                    ★★★★★

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